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小学一年生

娘も小学生にもなると、口達者になってきます。

口達者といってもまともな正論を言うでもなく、「文句が多くなる・口答えが多くなる」です。

もちろん「勉強なんか嫌い」といいます。

キライなのは仕方の無いことかもしれませんが、得意なことや褒められたことは「好き」ですから、勉強そのものが嫌いなわけではありません。

「スグに成果を出せて、評価されるもの」→「好き」ですから、同時に、「わからないことをわかるようになること」や「できないことをできるようになること」がつらいというわけです。

「わからない・できない」は叱られこそすれども、それで褒められることはありませんから、(ちょっとエエカッコしいの彼女が)「好き」になるわけはありません。

そして「字が上手に書けるようになったら、何か買ってくれる?」などなど、交渉を持ちかけてきます。

でも「欲しいものを買ってもらえるから勉強する」でいいのか?

と、問い返すことにしています。

べつに私は「是非お勉強してください」とお願いしているわけではありません。

だから勉強することに対して、親からギャランティが発生するのはおかしいと思っています。

じゃあ本人まかせでいいかというと、そうも思いません。

勉強が必要なのは”「本人にまかせていい」といえるような判断力を身につけていない段階”です。

その段階では(体を使って遊ぶのはいいのですが)テレビをぼーっと見ていたり、しばらく与える気は無いですがゲームにほうけてしまうかもしれません。

当たり前ですが小1は未成熟ですし、自分の子ですから、その点「任せて大丈夫」とはとても思えません。

「成長する」ということは「自分に足りないこと、知らないこと」を骨身にしみて、その欠落を地道に埋めていく作業でもあります。

そうして初めて本人にとっても成長することを理解できるし、また同時に自分の未熟も理解できるようになります。

教育関連の本を見るたび、子供らが自分の未熟を自覚して、「できるようになろう」と思うことが難しい時代になってるのかと思います。

「今、この自分を、自分が望むように今すぐ評価しろ」と考え、それが通らないとすぐスネる。

自分の評価を上げるには、他人の評価を落とせばいい。

「それが通れば楽」かもしれません。そして現実に世の中、大人にはそういう面もあります。

ただ、そんなにつまらないこともないと思います。