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「レヴィ=ストロース講義」

近代人は、道義的に抵抗を覚える事実に対してはこれを非難し、知的に理解できないような差異に対してはこれを否認するという、二つの誘惑にとらえられてきました。

そして文化の多様性を認めながらも、自分にとって許しがたく、あまりに衝撃的な部分は切り捨てる、という妥協を試みてきました。

 久しく西欧の思想を支配してきた進化論の考え方は、こうして、文化の多様性を充分に認めるふりをしながらじつは矮小化しようとしてきたのです。

なぜならどんなに古い時代のものであれ、また地理的に離れているものであれ、人間社会の示す様々な状態を、同じ方向に向かう唯一の発展経路の諸段階として扱うとすれば、社会の多様性はうわべだけのものとなり、人類はただひとつの、均質のものとなるからです。

そして、この統一性と同一性は斬新的に実現されるものであり、場所によって実現のリズムが異なるにすぎないというわけです。

こうした進化論の結論は魅力的なものですが、事実を不当に単純化しています。

このような考え方によれば、ある社会に対して他の社会を、同時代だが地理的に隔たっているものと、ほぼ同じ場所に存在したが存在した時代がさかのぼるものとの、二種類に分けられます。

まず第一の地理的に隔たった社会については、それらを時間的に継起する関係で結びつけてしまいます。

電気も蒸気機関も知らない同時代の社会は、西欧文明の古代を思わせないでしょうか。また文字も金属器もなく、岩壁画を描き、石器を作る部族を見ては、一万五千年あるいは二万年前、フランスやスペインで同じような暮らしをしていた失われた人類と、比較せずにいられるでしょうか。西欧からのどれほど多くの旅行者が、東洋に「中世」を、第一次世界大戦の北京に「ルイ十四世の世紀」を、オーストラリアやニューギニアの先住民に「石器時代」を見いだしたことでしょうか。

このような誤った進化論は、きわめてたちの悪いものだと、私には思われます。私たちは消滅した文明についてはいくつかの側面しか知りえません。しかも時代の古い文明ほど時に侵されずに残る部分は少なく、それだけ私たちの知りうるものも限られてゆくのです。

つまり、先に述べたような考えかたは、部分を全体ととり違え、(ひとつは現存し、ひとつは消滅した)二つの文明のいくつかの面が似ているという事実から、すべての面が同一だと断定しているのです。こうした推論は論理的に成り立たたないだけではなく、多くの場合、事実によって反証されています。

例として、西欧で長く通用していた日本観をあげることにしましょう。

第二次世界大戦まで、日本について書かれたほとんどの本で、日本は一九世紀にいたるまで、西欧中世のそれと同様の封建体制下にあり、十九世紀半ばに、やっと二、三世紀遅れで資本主義の時代に入り、工業化を開始したとされていました。

今日、私たちは、これら全てが誤りであると知っています。第一に、日本的「封建制」と呼ばれるものは、武士道精神に彩られ、動的で実用的精神に富んだものであり、西欧封建制とは表面的にしか類似していないものです。それはまったく独自の組織形態を持っていました。

さらに特筆すべきことには、日本は一六世紀にはすでに、工業国であり、中国に数万単位で、武器、刀剣、のちには火縄銃、大砲を輸出していました。また当時西欧のどの国よりも多くの人口を有し、より多くの大学(藩校)をもち、識字率も高かったことです。そして、明治維新のかなり前に、西欧とはかかわりなく商人、金融資本が興隆していました。

つまり二つの社会は同一の発展経路を前後に並んで進んでいたなどというのではなく、並行した道を、歴史の各段階で必ずしも同じではない選択を行いつつ、進んでいたのです。それはそれぞれの社会が同じ手札を持ちながら、異なった手順でゲームを進めていくのにやや似ています。

ほかにもさまざまな比較ができるでしょうが、この西欧と日本の例は、進歩の方向が唯一であるという考えかたをしりぞけるものです。

 「レヴィ=ストロース講義」