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千年、働いてきました ―老舗企業大国ニッポン 野村進

P19)
世界最古の会社はどこにあるのだろうか?
なんとなくヨーロッパの何処かの国、例えばイギリスやドイツを思い浮かべがちなのだが、実はここ日本にある。
その会社、いつから現在まで続いているのか?
江戸時代?安土桃山時代?それとも鎌倉?まさか平安時代?
いや、もっとずっとずっと前・・・・。

答えは西暦五七八年、時代で言えば、なんと飛鳥時代から続いているのである。
大阪の「金剛組」と言う建築会社で、飛鳥時代から寺や神社を建てつづけてきた。西暦五九三年、難波に四天王寺を完成させたのが、そもそもの仕事始めだったとか。

僕は世界史の年表を引っ張りだしてみて、思わずのけぞった。だって、あの預言者ムハンマド(マホメット)がイスラム教をひらいた時よりも昔なのである。

P20)
創業実に1400年。なぜかギネス登録されていないが、間違いなく「現存する世界最古の会社」にして「世界最長寿の企業」と見られている。

他にも創業して千三百年にはなろうかという北陸の旅館、千二百年以上の京都の和菓子屋、同じく京都の千百年以上の仏具店、千年を優に超える薬局と言った具合に、開業当時に思いを馳せると、何やら気が遠くなりそうな店や会社ばかりなのである。

東京商工リサーチが百五十万社に及ぶデータベースから創業百年以上を抜き出したところ、二〇〇二年の段階で一万五千二百七社に登った。一万五千社以上である。ただし、ここには東京商工リサーチが把握していない個人商店や小規模な会社は含まれていない。
大学や研究者達による報告では、十万以上と推定されている。

P29)
アジアでの老舗の老舗の状況をざっと見渡しただけでも、欧米に取る植民地化とも華人ビジネスの脅威ともほとんど無縁だった日本独特の様相が浮かび上がってくる。

量もさる事ながら、質が他のアジアの老舗とは歴然と違う。

ひとことで言えば、手仕事の家業や製造業がずば抜けて多いのである。前掲の『老舗企業の研究』によれば、十万軒を超える創業百年以上の老舗のうち、およそ四万五千軒が製造部門とされている。老舗の半分近くが製造業なのだ。

P30)
アジアには「商人のアジア」と「職人のアジア」があるのではないか?そして、この定義を当てはめてみると、日本はアジアの中では稀有な「職人のアジア」ではあるまいか?

P34)
「職人のアジア」と「商人のアジア」には、さらに「削る文化」と「重ねる文化」の違いも加味される。

日本の仏像が一本の木を削りに削って木の中におわす仏像を浮かび上がらせるのに対し、日本以外のアジアのほとんどの仏像は、粘土や装飾を塗り重ねて仏の形を作り上げようとする。方向性が全く逆なのである。

P35)
僕は、この職人の国で、職人たちの集団としての製造業が世紀を超えて、どのように生き続けてきたのかを、これから報告しようと思う。

例えば、江戸時代の金箔や鋳物の技術が、今ではケータイの中に活かされているように、基本となる技術や精神は一貫していても、時代の変化に応じて柔軟に姿を変えてきた製造業に焦点を絞るつもりだ。

有為転変を乗り越え、今日まで続いてきた老舗製造業のあり方は、我々にたくさんの教示をもたらすに違いない。また日本人にとって仕事や会社が持つ意味や、ひいては「日本文化とは何か」という大テーマへの一つの答えをも示唆してくれるはずだ。


P199-200)
十年単位の研究活動
自由な社風ゆえか、いわば”瓢箪から駒”の発見もある。
二日酔いで調子の悪い社員が、帰りがけに試験管を床に落としたのに気づかず、翌朝出社してみたら、床にきれいな膜が出来上がっていた。ちょうど「ボンタン飴」をくるんでいる透明な薄紙のようなもので、これが天然多糖類からできた「たべられるプラスチック」として薬のカプセルや食品に使われるようになる。

従来、薬のカプセルには動物性のゼラチンが用いられていたのだが、牛海綿状脳症(BSE)がおこり、パニックを引き起こしてからというもの、天然多糖類由来の林原製カプセルに注文が殺到し、生産が追いつかない状態が続いている。

開発センター担当でもある三橋さんの話では、どうやら”瓢箪から駒”は意外なほど多いようだ。

たとえば、酵素をいろいろ組み合わせて実験をしていたら、ひょんなきっかけで新しい構造の糖ができる。しかし、これが何に使えるのかはわからない。それでも、新発見にはちがいないから、いちおう特許は取っておく。すると何年かして、これもまたひょんなきっかけで製品化の方法が見つかり、休眠中の特許が蘇って
「大化けしたりするんです」
と、三橋さんは言う。
「日頃は、みんなバラバラに自分のテーマを持って実験しています。でも、いったんこれで行こうとなったら、みんなが結集してくる。それで製品化できて一段落すると、またそれぞれのテーマに戻ってゆく。うちは、縦割り構造をとっていないんですよね」

研究開発に十年、二十年かかっているものも珍しくないと聞き、僕は、
<林業みたいだな>
と思った。

つまり、狩猟のように、出掛けたその日に獲物をつかまえてくるわけではない。かと言って、農業とも異なる。春に種を蒔けば、秋には収穫が約束されているわけではないからだ。

林業では、苗木を植え、大木に育つまでに十年単位、ときには親子三代くらいの歳月がかかる。「林原」と「林業」は字面も似ているけれど、発想もよく似ているようだ。
「こういう十年とか二十年とか、あるいは三十年とか、それだけの期間をかけないとできない研究って、山ほどあるわけですよ。そして、大企業にはこれができないんです」
社長の林原さんは断言した。

P201-202)
同族経営・非上場の強み
しかし、大企業にはなぜできないと言えるのか。そう尋ねると、大きな黒々とした眼が印象的な林原さんは、むしろ小声で諭すように答えた。
「まず株主が大勢いますからね。ましてや合併、合併で大きくなっちゃうと、株主の数も増えますから、その人たちを説得しないと研究開発ができない。それと、大きい会社のサラリーマン社長って、一期二年という任期があるでしょう。自分の任期の間に成果をあげないといけないから、なかなか長期に物事をとらえられない。それに加えて、ちゃんと市場調査をしてからということになったら、それだけでだいたい四、五年はかかってしまう。いくらお金があっても(新しい研究開発は)できないわけですよ。」

ところで、僕が老舗企業の取材をしていると言うと、同族経営の閉鎖性に対する露骨な嫌悪感を示す人が少なくない。
同じような先入観が、取材前にもあった。実際に経営陣の顔ぶれを見てゆくと、同姓がずらりと並んでいるなどというのはよくある話で、株式を公開していない老舗企業も多い。林原にしても、グループ内の中核をなす会社の経営陣は、いずれも林原さんに委ねられ、株式も非上場である。

ところが林原さんは、同族経営・非上場でなければ、画期的な独自の研究開発など不可能だったというのだ。

林原さんが強調する同族経営・非上場の強みというのは、ひとつには「社長が変わらないこと」、もうひとつは「株主の顔色をうかがわずに済むこと」である。だからこそ、長期的な視野で研究開発にも臨めるし、ハイリスク・ハイリターンのテーマに長期間、資金を投入することができるというのである。

アイデアを出したのは社員だったとしても、テーマを設定した責任はすべて社長の林原さんが負うと必ず公言する。そのテーマについて、研究開発の担当者たちとディズかッションすることさえ、あえてしない。それで、社員は責任意識に縛られたり、失敗を恐れて萎縮したりせず、大胆に発想し、研究だけに打ち込めるというのが、林原さんの持論である。