「自然治癒力を高める」を疑う
自然の力、天然の・・・という表現には、現在の私たちをひきつける魅力があります。
「本来持っている力さえ発揮できれば」は、今は美容に限らずあらゆる場面で使われる表現です。
美容・健康の情報を見れば、「人間には本来、病気を治す自然治癒力がある。」などの表現に出会うことは一度や二度はあると思います。
「自然治癒」は、ある意味では当たり前で、「怪我しても治る」という身も蓋もない話。
私の立場としては肌トラブルを解消したり、肌をきれいにするには「自然治癒には限界がある(もしくは目的と結果が異なる)ので、手入れ、手当てを施す必要がある」です。
肌トラブルも自然治癒力といえる
人体には角質層とそれを被う皮脂膜が存在し「バリア機能」となります。
このバリアに問題が生じると、皮膚は「バリアで守りきれないときの防御反応」を起こします。(夏と肌トラブル、角質層の乾燥の仕組み)
この防御反応は、多くの場合、「美容上の肌トラブル」です。
しかし「生命の恒常性維持(ホメオスタシス)」からすれば、肌トラブルが起きて、人体が守られていれば、ある意味OKです。
人間を「自然状態の生命体」とすれば、細菌の侵入や、水分・体液の漏れ、紫外線が細胞への刺激となるなどが起きなければ、「美容上のトラブル」は別に問題ではありません。
角質層が肥厚してニキビができることも、皮脂分泌量が増加したり、毛穴が目立つことも、くすみやシミ、色素沈着も、「生き物として生きるだけ」が目的なら特に気にすることは無いのです。
ある意味で、「自然治癒」「恒常性維持」は、既に果たされています。
よく整理しておきたいのは「美容上の肌トラブル」は、あくまでも人間の「社会性」の問題ということです。
美容上の肌トラブルは社会生活上の問題
「肌をキレイにする」を考える場合、2つの側面が考えられます。
日本は村社会であり、共同体主義です。これは現代でも変わりません(本当は日本に限らず、なのですが)。そして共同体のメンバーには「参加資格」が問われます。
美容上の肌トラブルの「問題」とは、この「参加メンバーからはずされる」という恐怖と、コンプレックスにあります。
もう言われませんが、その昔「イケてる・イケてない」という言い回しがありましたが、まさにこれです。
と、これはネガティブな側面。
そしてこの裏にあるのは「よりよく生きる」「自己実現」の問題です。「自分の容姿に関する納得」の問題ですね。
※よくご相談の中で「ニキビの相談に行っても、お医者さんはちゃんと相手してくれない。」ということを聞きますが、このような前提があるからです。
「自然治癒力」を安易にいう人は信用できない
このように皮膚の仕組みから考えても、社会的な問題であることを考えても、肌トラブル解消やキレイにするのためのケアや治療に「自然治癒力を高める」という表現を何も考えず使うことは適切では無いと考えます。(特に肌-皮膚はそうなるはずです。)
上記のような誤解が嫌なのと、もう一点加えれば、この言葉自体が自然食品などの根拠の無い健康ビジネス、マルチや新興宗教などの「そっち方面の人たち」が好んで使う「よくわからないけど何となくよさそう」な言葉だから嫌なのです。そして宣伝する人もあまりわかっていません。
※以前から話すように肌トラブル解消や肌をキレイにすることは「最新や高機能」といったことで解決する問題ではないですし、その裏返しとしての「自然・天然」で解決する問題ではありません。どちらも消費者に誤解を撒いているビジネスです。
よっぽど丈夫な肌を作れる人なら、いろいろこすったり、何もしない、余計なことをしても肌はキレイですが、問題を抱えたお肌は「適切な方法で手をかけること」でしか、キレイにはなりません。「自然」に身を任せても、「生命維持」以上のことはできないのが現実です。