森と海と牡蠣から考える

terakaz
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2017年1月6日

宮城県では牡蠣の養殖が盛んで、美味しいそうです。

牡蠣の養殖は大正から始まりましたが、昭和4~50年代川から流れ込む排水や手入れされていない針葉樹林の赤土が水質悪化を引き起こし赤潮が発生し、多くの牡蠣が廃棄処分となったということです。

そして1987年から毎年、広葉樹を植林する「森は海の恋人植樹祭」を行っています。

広葉樹は冬になると落葉し、微生物に分解され腐葉土になります。

その水が川に浸透しミネラル・植物プランクトンが豊富な川を作り、海に注ぎ込まれます。

植物プランクトンは牡蠣をはじめ、動物プランクトンのエサとなりそれがさらに魚のえさになり・・・という循環を生み出します。

「豊かな海」がいきなりあるのではなく山・森・川が、豊穣な海を生み出すのです。

単に水だけの問題ではないのですね。

「今すぐにすべてを解決したい」という願望は、消費社会で生きる私たちにとって慣れ親しんだ思考法ではあります。

それによって利便性や快適な暮らしを維持していることは紛れもない事実です。

しかし、この思考法は、「問題の複雑さ」への配慮を欠いているともいえます。

私たちが日常考える「肌」は、さほど複雑なものではありません。

でも実際には食べたものが分解され、消化吸収されその後再合成されたアミノ酸や脂質が「肌」を作ります。

その肌はさまざまな外界からの刺激や内分泌の影響に反応を起こします。

まだまだややこしい話はできますが、実際には私たちが意識している以上に肌―皮膚という器官は複雑です。

「肌再生」といったキャッチフレーズで、レーザーやピーリング治療その類の洗顔料などがあります。

皮膚を破壊すれば、再生はします。

こういった感性は「リセットしたら何とかなる」という思考の習慣にはマッチするものかもしれません。

しかし再生された肌が、正常できれいな状態とは限りませんしそれを維持できるわけでもありません。

※そもそも上記の方法は「正常できれいな肌」を目的とした方法ではないですから。

私たちの「肌」は私たちのものではありますが人間が作ったものではありません。

長い年月をかけて、生物の進化の過程で作られたものです。

消費者的な「欲望ベース」で、「思い通りの方法で、思い通りの結果を得る」は可能でしょうか?

私は「肌の都合に合わせる」ことが最善と考えます。

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